『絶望と嘲笑』(#1)

僕の物語

とある夏の日の夕刻過ぎ。蒸し暑さがいつまでも居座り、この国に秋が訪れるという紛れもない事実にさえ疑念を抱き始める人が出てくるのではないかと、正気ではない疑念を携えながら、会社の最寄り駅までの道を歩いた。誰に向けるでもない、でたらめでひょうきんな思案を巡らせていたのは、ほかでもない暑さへ苛立ちを皮肉的に揶揄することで、鬱蒼とした感情をやり過ごしたかったからであろう。もちろんそんなことを考えたところで、大抵の場合は、気味の悪い薄ら笑いを浮かべ、一時的に自己満足の愉悦に浸って終わるだけなのだが。

 

しかしこの日の自分は違った。人生にとって1ミリも前進のないような思案を巡らせた反動からか、自分の人生にとって何か有意義なことはないかと模索しようとしたのだ。またこの頃はちょうど会社を辞めることを考え始め、まるで見えない縄で複雑に絡み合い、縛られていた身体がふと宙を浮き、ほつれたような感覚を覚えていた頃だった。

 

世界一乗降者数を誇る新宿駅に着き、人がごった返す様子を異常とも思わなくなった自分の感覚に異常さを覚えつつ、人間の慣れにいささかの畏怖の念を抱きながら、1番プラットフォームで帰りの電車を待った。いつものように満員電車が到着し、そこに人がなだれ込んでいく。そこでは個性を剥奪されることは正当化されているようだ。これでは古代エジプトの奴隷と何ら変わりないではないか。そんなことを考えながらも、今日の自分は何か自分にとって有意義なことを探そうとしている、新しいことにベクトルを向けようとしているんだという気概から、乗り合わせた乗客たちに対し、僅かながらの虚勢ともいえる、優越感を抱いていた。

 

そんなしょうもなく馬鹿馬鹿しい他人との比較とそこから生じた傲慢を自重し、勝手に自分の気分を盛り下げた。ワイヤレスイヤフォンをしている隣の乗客を見て、有線のイヤフォンを使っている自分に対し、安易な流行には流されないという矮小な誇りを固持するかのように。低レベルで卑屈な自分に辟易とし、嫌気がさした。そこで左ポケットから、もちろん有線のイヤフォンを取り出し、複雑に絡み合ったコードをほどき、スマートフォンのジャックポットに繋げ、youtubeを開いた。

 

 

この日開いたyoutubeが、この後しばらく自分を虜にすることとなるスペイン語との出会い、そして南米への強い憧れをもたらしたのだ。

 

続く

コメント

タイトルとURLをコピーしました