『因果応報』(#2)

僕の物語

満員電車のため座ることはできず、目の前に座る中年の恰幅の良いおばさんを見ては、もっと申し訳なさそうに座ることは出来ないものかと、いらぬ思考を働かせていた。

 

Youtubeを開いて画面を見ると、馴染みのない文字のタイトルが表示されていた。サムネイルには、どこかアンニュイで灰褐色にぼやけた風景を背に、スタンドマイクを力強く握りしめるラテン系のちょい悪オヤジが写っていた。大きくて黒いサングラスが、広いおでこを助長するかのように際立たせている。ワイシャツの裾を捲り上げ、ゴツめのネックレスを纏い、細くも生命力を感じさせてしまう大きな手は、想像力豊かな女性が見れば、それだけで性的興奮を覚えてしまうのだろう。

 

そんな事を考えていると、自分の場合はどうだろうかと気になり始め、手をまじまじと見つめてみた。握り拳を作って力を込めると血管が浮かび上がった。そういえば今まで付き合った、あるいは関係を持った女性の多くが、僕の手を褒めてくれていた。

 

事後にベッドで生まれたままの姿で抱き合う時、僕の手を取り、血管をなぞってくる女性もいた。性的欲求を口外することの恥辱から、それを婉曲的に伝えようと試みているのだろうかと、その行為の真意を汲み取ろうとした。紅潮した頬を浮かべた顔を覗いては、それが満足感から来るものなのか、性的欲求を言及することへの躊躇から来るものなのかを考えあぐねた。しかし裸になりながらも、それを口にすることへの恥ずかしさを感じていることに少なからぬ滑稽を覚え、その途端に、思考を巡らすことを放棄しては、その女性の手首から伸びるかすかに浮かび上がった青緑色の血管をなぞり返した。

 

下らない妄想からふと我に帰ると、僕の息子は、チャックを下ろしてくれと主張せんばかりに大きくそそり立っていた。岩壁に閉じ込められ、外の世界を見たことのない少年が、いつか不可能と知ったにもかかわらず、健気にぐんと足を延ばすかのような実直さがそこにはあった。

 

恐る恐る、目の前に座る恰幅の良いおばさんを見てみると、大股を開き、だらしなく口を開けた状態で、目を半開きにしながら眠っていた。幸か不幸か、それを目にした僕の息子は一瞬で縮こまり、あるべきところを思い出したかのように、自ら収束していった。あるいは外の世界は期待したほどではないのかもしれないと、突然の失意に駆られたかのように。

 

しかし世の中、そう上手くは見逃してくれない。おばさんの隣に座っていた女子高生が、怪訝な顔を浮かべこちらを凝視していた。それはまるで僕が妄想していたことが、彼女には筒抜けであったかのような、確信をもった疑念であった。

 

僕はしばらく、紅潮した頬が熱を帯びていくことを抑えることが出来なかった。彼女はもしかしたら僕の手を見て興奮を覚え、それに対する悔しさと憤りを表明するために、鋭い眼光をこちらに向けていたのではないかという、大逆転の発想を試みるも、そんな発想が思いつくこと自体が彼女の眼には虚しく映る気がして、自戒し、開き直ることを諦めた。

 

続く

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