『失われた青』(#4)

僕の物語

薄汚れたクリーム色の背の高いビルが両脇に立ち並び、その間を縫うように、灰褐色のコンクリート道が所狭しと敷き詰められている。ビルの一階には、さまざまな様相のお店が軒を連ね、そこでは統一性の欠如が善とされ、協調性の喪失が謳歌されていた。見上げると、白色もしくはペンキが剥げて赤錆を晒した柵で囲われたベランダとその横の室外ファンが、お店とは非対称に、整然と壁に取り付けられている。

 

その道を行き交う人々は、髪の色や目鼻立ちから推測するに、西洋系か中華系が多いようだ。飛び交う言語は様々であり、注意を向けるも、雑踏にまみれて上手く聞き取れない。みんながみんな、口元には微笑を携えており、そこから感情が微塵も読み取れない。ある一定の訓練を受けたものにしか作ることのできない、洗練された表情。

 

見慣れない異様とも言える景観の中で、僕の”存在の歪さ”が際立った。いや待てよ。それはただ単にこの光景の中にいるからだけであろうか?僕はこれまで何かしらに所属しながら生きてきた。家族であったり、友人関係であったり、学校であったり、会社であったり、社会であったり。それはごくごく普通のことで、人は誰しも何かしらに所属しながら生きている。

 

”では、今までの所属先で、僕の存在は歪さを帯びてはいなかったのか?”

 

僕は人生をおふざけの場所と捉えていた。正常の範囲での道化が面白いとされる世界で、異常の範囲にある道化を追った。常識を前提とする笑いに惹かれる周囲をありきたりと卑下し、非常識の笑いを追求した。ひょうきんであることを至高と捉え、現実を疎かにした。

 

おふざけと真面目の境目が徐々に分からなくなった。周りに理解されないほどに、孤独を感じつつ、孤高と解釈することでその寂しさを紛らわした。変わっていると言われることを、唯一無二の個性へと変換させ、昇華させた。デザインが誰でも分かるものならば、自分はアートなのだと、理解される必要は無いのだと言い聞かせた。

 

しかし大人になればなるほどに、あるいは大人と関われば関わるほどに、ユーモアは常識の範囲内にあるものであり、その範囲を逸脱したそれは見向きもされないことに気付き始めた。その事実に反発するかのごとく、そんなつまらないものに自分を曲げてたまるかと、意固地になっていった。世間知らずと罵られ、ロクでも無い人生を歩むと言われても、容易く今までの自分を否定することは出来なかった。

 

もしかすると、意地を張っていた以上に、単に本能的に変わらないことへの享楽を受けたかっただけなのかもしれない。頑固で矮小で、面白さを取り違えた悲しい惨めな存在。

 

次第に大人が怖くなった。社会に関わることが怖くなった。億劫な存在を遠ざけては、自分の世界がどんどん小さくなっていった。どこかで自分を理解してくれ、全てを受け入れてくれる場所があるはずだと、存在するはずもないユートピア的世界を妄信した。尖ったままでは社会には受け入れられない。修正し、丸みを帯びるまで抑圧しなければ、社会は許さない。

 

見慣れない光景に加え、頭の上から巨人に踏み潰されたような、そんな思考が相まって、強い孤独感と共に恐怖の念が込み上げては、涙が頬を伝い、こぼれ落ちた。やがてそれは嗚咽に変わっていった。周囲の人々はこちらを一瞥するも、表情を崩さず、何も見ていないかの如く通りすぎる。

 

一通り泣き終えた後、ふと上を見ると、ベランダから青田が微笑を浮かべて、下を見下ろしている。こちらに気付くと、あっと驚いたかのような表情を見せたが、すぐに元の表情を取り戻す。するとおもむろに、柵に足を掛け、勢い良くベランダから飛び降りた。

 

あまりの一瞬の出来事に呆気を取られていたが、すぐに駆け寄った。コンクリートに頭を打ち付け、血を流しながらもこちらを向いて、微笑を投げかけている。「いまの面白かった?」振り絞るかのように最後の言葉を残し、青田はこの世を去った。

 

「あぁとても面白かった。」青田には届かないことを知りながらも僕は1人そう答えた。面白さなんて1ミリも感じなかったのに、そう言わなければどこまでも救われない青田を見て、嘘をついた。狂気的で哀しすぎる青田の最後を目に焼き付けては、その屍に自分の存在を重ね合わせた。

 

あるいは、青田は身を投げ打ってまで、僕に現実を受け入れ、社会に適応しろと、メッセージを送っていたのではないか。その考えが及ぶと、身体が硬直し、背筋が凍った。もう何もかもが嫌になった。タバコに火を付け、いつもよりしょっぱい煙を肺いっぱいに吸い込んでは、憂いを帯びた様々な感情と共に、煙を力一杯吐き出した。

 

続く

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